大好きな作家、ブレイディみかこさんの本を読むたびに、「これまでそんな風に物事を見たことがなかったな」とハッとさせられる。
特に衝撃を受けたのが『僕はイエローでホワイトで,
ちょっとブルー』だった。イギリスの文化や社会のリアルを感じるとともに、「日本ももっと変わっていかなければならないのではないか」と強く考えさせられた一冊だ。
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話は少し逸れるが、私はロックバンドのOasis(オアシス)が大好きだ。あんなにも泥臭く、最高に格好いい曲を歌うバンドがいるのだから、さぞや進んだ国なのだろう――そう思っていた。しかし、現実はなかなかどうして、今のイギリスは多くの社会問題を抱えている。
そんな現実の地続きにある日常を描くブレイディさんが、著作の中で繰り返し使う言葉がある。それが「エンパシー」だ。
日本では、共感とひとくくりにされる言葉だが、私が生業としている「教師」という仕事においてこそ、常に心得ておかなければならないものではないか。最近、彼女の『SISTER “FOOT” EMPATHY』を読み返し、その思いをいっそう強くしている。
「シンパシー」と「エンパシー」の決定的な違い

日本語ではどちらも「共感」と訳されがちだが、その心のメカニズムには明確な違いがある。
- シンパシー(Sympathy)= 自然に湧き上がる感情(感情的) 自分の価値観やフィルターを通して、自然に「かわいそう」「よくわかる」と心が震えること。自分と似た経験や価値観を持つ相手には抱きやすいが、全く理解できない行動をする人に対して発揮するのは難しい。
- エンパシー(Empathy)= 意識的に寄り添う能力(知的・技術的) たとえ相手の意見に賛成できなくても、「もし自分がその人の立場や背景を持っていたら、どう感じるだろうか」と知的に想像する力。いわば「他人の靴を履いてみる」こと、あるいは「他人の眼鏡をかけて世界を見る」と例えられることだ。これは感情の波ではなく「スキル」であるため、トレーニングで鍛えることができる。
よく使われる比喩がある。相手が深い穴に落ちて泣いているとき、上から覗き込んで「かわいそうに、大丈夫?」と声をかけるのがシンパシー。自分もハシゴで穴の底まで降りていき、相手と同じ暗闇に座って「ここから世界はどう見えているのだろう」と考えようとするのがエンパシーだ。
教師には、シンパシーもエンパシーも必要。だから難しい。
ブレイディみかこさんは、イギリスの無料託児所で働いたり、困窮家庭の学習支援ボランティアを経験したりしてきた。多国籍で、多様な背景を持つ子どもたちを相手にする現場の苦労は、並大抵のものではなかったはずだ。彼女はその実践の中で、エンパシーの力を研ぎ澄ましてきたのだろう。
そして今、このエンパシーの力は、日本の教育現場にも間違いなく求められている。
教育書を開けば、決まって「子どもへの共感が大事」「子どもの立場になって話を聞くことで、児童生徒理解が進む」と書かれている。しかし、これらを文字通り読んだだけでは、どうしても「シンパシー(感情的な同情)」の域を出ないことが多い。
私自身、教職に就いて最初の数年はシンパシーだけで子どもを理解しようとして、何度も壁にぶつかった。
例えば、発達障害があり、周囲と上手く馴染めない児童がいたとする。シンパシーの立場で向き合おうとすると、どうしてもその子の突飛な考えや行動が自分の価値観と噛み合わず、時に「何を言っているんだろう」と突き放したくなる衝動に駆られてしまう。
しかし、ここでエンパシーを働かせる。なぜその子は「問題行動」と呼ばれる振る舞いをしてしまうのか、その子の見方で世界を捉えようとするのだ。 そのときに土台となるのが、発達障害に関する「基礎的な知識」である。知識という道具(眼鏡)を携えた上で子どもの話に耳を傾けると、「なるほど、この特性のせいでこう見えていたのか」と、次にとるべき具体的な対処法が見えてくる。
シンパシーは「共鳴」して終わるが、エンパシーは「理解しようとする知的なアプローチ」だからこそ、自ずと解決の方策を練る心構えへとつながっていくのだ。
「正論」が響かなかった生徒指導での気づき

ここまで考えて、あるときの生徒指導の苦い、そして劇的な経験を思い出した。 「友達を無視している生徒」がおり、同僚の先生と一緒に指導に入ったときのことだ。
その先生は真っ当にこう諭した。 「無視はいけないことだ。では、これからどうすればいいか一緒に考えよう。」ぐうの音が出ないほど 正論である。しかし、生徒の心には全く響いていない様子だった。
無視はいけないことは、誰でもわかっている。でも、無視をしてしまったなにかしらのきっかけがあったのではないかと思う。
私は、その子たちが以前は仲良く話していた姿を知っていた。だからこそ「無視するに至った原因が、無視された側にもあるはずだ。その子の目で見た景色を解きほぐさなければ、本当の解決にはならない」と考えた。
そこで、その子の「靴」を履くようにしてじっくり話を聞いてみた。 すると、決して悪意から無視をしていたわけではないことが分かった。実は、無視されていた側の生徒が別の件でイライラしており、クラスの中で常に不満げなオーラを放っていたのだという。勇気を出して話しかけてもつっけんどんな態度を取られ、どう接していいか分からなくなった結果、距離を置く(話さなくなる)しか中学生なりの身の守り方がなかったのが真相だった。
「無視はいけない」という結果だけを見ればその子が悪いが、その手前のプロセスに目を向ければ、一概に責めることはできない。「話しかけるのが怖かった」という、無視したくなる気持ちの背景が、私にも見えてきた。
そこから指導のアプローチはガラリと変わった。 言葉にできない子どもの本音にまで想像力を広げること。まさに、ブレイディさんの言う「他人の靴を履く(エンパシー)」を実践したことで、表面的なお説教ではなく、本当の意味で生徒の心を解きほぐすことができた。その後、クラスの空気も少しずつ良くなっていったように思う。
おわりに

日本国内の教室でさえ、これほどエンパシーが必要とされるのだ。ましてや移民の受け入れや格差が進むイギリスでは、隣人同士のもめ事やつまずきは日常茶飯事だろう。その荒波の中で、時に泥臭く、時に強く生きる英国の人々の姿(それはOasisの音楽が持つタフさにも通じるかもしれない)には、本を読み進めるたびにハッとさせられる。
本を閉じ、一通り自分の足元を見つめ直して、やはり行き着くのは「私の仕事でも、エンパシーは絶対に不可欠だ」という確信だ。
先生方は、あるいは皆さんはどうだろうか。目の前の人と分かり合えず、突き放したくなるような状況に陥ったことはないだろうか。
ほんの少し「自分の視点」を脇に置き、エンパシーを意識して、子どもの視点で世界を覗いてみる。それだけで、教室の空気や、子どもたちとの関係性は、驚くほど変わり始めるかもしれない。

ブレィディみかこさんの著作はいくつも読んでいます。あわせてご覧ください。

参考文献
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