普段なら、もしかしたら目にとまらなかったかもしれません。 しかし、今回はどうしても気になって、ある本を手に取りました。
川瀬みどりさんの著書、『京大に合格したら幸せになれるのか? 人生で大切なことは、つながりの中にある』です。
なぜこの本が気になったのかというと、事前に坪田信貴先生の『勝手な夢を押しつける親を憎む優等生と、東大は無理とバカにされた学年ビリが、現役合格した話』を読んでいたからでした。
坪田先生の本に登場するのは、「親から医者になれと強制されて反抗する子」や、「東大なんて無理だとレッテルを貼られて悔しい思いをする子」たちです。 世間一般の空気として「東大や京大に行けば、ある程度人生の道筋がついて幸せになれる」という思い込みがあるからこそ、親は無理強いをし、子どもはプレッシャーにしんどくなるわけですよね。
かくいう私も、他人が「東大や医学部を出た」と聞くと、どこか羨ましく、やっぱりそのブランド力に圧倒されてしまいます。
でも、「そもそも、超難関大学に行けば本当に幸せになれるのだろうか?」
実際に京大へ通い、博士号まで取得した著者のエッセイを読みながら、私は自分自身の人生を振り返り、深く考えてしまいました。
義務感だけで京大を目指した著者が、最後に見つけたもの

本の冒頭にも断り書きがありますが、結論から言うと、「京大に行ったからといって、幸せになるとは限らない」ということです。
著者の川瀬さんは、高校受験で県下トップの高校に合格できず、私立高校へ進学します。そこから「勉強しなければいけない」という強い義務感に突き動かされ、人間らしい生活をすべて捨てて、3年間勉強漬けの毎日を送りました。
最初は名古屋大学を目指していたものの、高3の時点で模試がA判定に。そこでさらに上を目指して京都大学に挑戦します。現役時は不合格、浪人を経て、見事京都大学に合格しました。
不思議なのは、川瀬さんが京大を目指した理由に「将来が安定するから」とか「モテたいから」といった下心が一切なく、ただ「京大に行くんだ」という純粋な義務感だけだった点です。その後、大学院の修士・博士課程へと進み、学位も取得します。
そんな勉強一筋だった著者が、大学生活での留学やゼミでの生活を通して少しずつ他者と交流し、「人間らしい生活や心」を取り戻していく中で気づいたこと。それは、あまりにも当たり前で、だけどつい私たちが忘れてしまいがちな真実でした。
「幸せになるために一番大切なことは、学歴や成績ではなく、人との『つながり』である」
かつて「学歴の奴隷」だった、私の進路選択

この本を読みながら、私は「自分も学歴の奴隷になっていたな」と思い出していました。
高校3年生の4月、私の夢はシステムエンジニア(SE)でした。「PCでアプリやゲームを作るのって面白そう!」という安直な理由です。しかし、両親は「教師になってほしい」と願っており、進路を巡って大バトルになりました。 結局、「とりあえず名古屋大学ぐらいは行きなさい!」という言葉に自分が納得し、名大を目指すことになります。
しかし、センター試験の数学Ⅰ・Aで大爆死。名古屋大学への道は諦めざるを得なくなりました。
そこで「自分は本当は何になりたいのか」を考え直しました。SEと同じくらいやりたかったのが「研究」です。両親が小中学校の教員だった影響もあり、「教育分野の研究者になって大学に勤めたい」と考えました。
センターの点数の兼ね合いもあり、まずは広島大学の理学部数学科に入り、大学院(修士)から教育学部に入り直そうという計画を立てました。 しかし、結果はサクラチル。
最終的には、運よく合格をいただいた地元の教員養成系の大学に進むことになりました。 研究がしたかった私にとって、現場の教員を目指す環境への進学は、正直に言えば「期待通りの大学生活」のスタートではありませんでした。自分には学力がないので研究の道も諦めようと思っていました。
人生を救ってくれた、7人の仲間との「つながり」

大学生活は決して順風満帆ではなく、人間関係がうまくいかずに鬱になりかけた時期もありました。
しかし、そんな絶望の中にいた私を救ってくれたのが、大学で出会った7人の麻雀仲間でした。彼らが支えてくれたおかげで、私は無事に大学を卒業することができました。今でも定期的に集まっては楽しく飲む、私にとってかけがえのない存在です。
高校時代の夢は叶わなかったし、第一志望の大学にも行けませんでした。 だけど今、私は自分の人生にとても納得して、教員として生きています。
それどころか、「あの時、第一志望に落ちたからこそ、この7人の友と出会えたんだ。だから、私の進路はこれで間違っていなかったんだ」と心から思えるのです。
(余談ですが、結局いま、現場で教員をしながら大学の先生がするような研究に関わることができています。大学教授に転職するかは分かりませんが、あの頃憧れた研究の土台が、少しずつ形になっています)
アルゼンチンのバスドライバーが語った「人生の誇り」

最後に、私が最近ポッドキャスト(TABI SHIRO「#58 国の衰退は本当に不幸なのか。MC泉、経済どん底のアルゼンチン現地ルポ」)を聞いて、激しく揺さぶられたエピソードを紹介させてください。南米・アルゼンチンのお話です。
アルゼンチンは100年前、農業で栄えた経済大国でした。しかし現在は経済が低迷し、GDPは世界の80位以下。日本と比べると公的な教育や医療も充実しておらず、一見すると貧しい印象を受ける国です。 しかし、現地を旅した人によると、人とのつながりの濃さは日本よりも圧倒的に強いのだそうです。
そのエピソードに登場するのは、ある長距離バスのドライバーの男性でした。彼は自分の人生をこう振り返ります。
「俺の40年のドライバー人生は、そこまで晴れやかなものじゃなかった。だけど、1つだけ誇れることがある。
20年前、公園で泣いている母親と2人の女の子に出会ったんだ。『旦那にDVされて逃げてきた』と言うから、俺は自分の家を貸して、彼女たちを住まわせることにした。
やがて、娘の1人が『医者になりたい』という夢を持った。国立の医学部に行けば学費は無料だけど、首都のブエノスアイレスに住まなければならない。だから俺は、自分の給料の50%にものぼる額を、5年間、仕送りとしてその子に渡し続けたんだ。
そして今、その子は本当に医者として働いている。これが、俺の人生のたった一つの誇りだ」
最後に:あなたにとって「幸せ」とは何ですか?

みなさんは、このドライバーのエピソードを読んでどう思われたでしょうか。
幸せって、一体何なのでしょうか。 たくさんのお金を持つことでしょうか。 誰もが羨む学歴を手に入れることでしょうか。
それとも、このドライバーのように「誰かのために生きる(利他)」ということでしょうか。
どれも正解のようだし、どれも不正解のような気がします。 人類が誕生して以来、ずっと問い続けられているこの問題に、きっと普遍的な1つの答えはありません。
だからこそ、ついつい考えてしまいます。 「私にとって、あなたにとって、幸せってなんなんだろう?」
ぜひ、みなさんがこの記事を読んで感じたことや、ご自身の「幸せの定義」をコメント欄で教えていただけると嬉しいです!

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