さて、前回は、なぜ「叱ってはいけないか」について言及しました。
「叱っても、結局、問題行動は無くならない」こと。
だから「これからどうするか」を一緒に考えることが大事と言うことを書きました。
もう一個、子育てには「褒めるべきか、褒めないべきか」と言う論争があります。
ここについても「幸せになる勇気」を参考にしながら、持論を述べたいと思います。
褒めて伸ばすは良くない

さて、先生をしていれば、子育てをしていれば、「褒めて子供を伸ばしましょう」
こんなふうに聞くことは必ずあると思います。
ただ、反面、子育て論の中には、褒めることを否定的に捉える見方もあります。
「ほめることは、”能力のある人が、能力のない人に下す評価”であり、その目的は”操作”である」
ー「幸せになる勇気」P131
というのです。
皆さんはこれについて、どう思いますか?
例えば、子どもがテストで100点をとってきたら。
褒めないわけにはいきませんよね。
褒めたら、次のテストに向けて、また勉強を頑張るかもしれません。
ほめることはとても良いことのように思えます。
ただこれが続くとどうでしょうか?
100点を取れば褒められます。
裏を返せば「100点を取れなければ、褒められない。」
と言うことになるのです。
「褒められること」や「叱られないこと」を目的として従っているだけの状態に、子どもはなってしまうのです。
集団になると、褒賞を目指した競争原理に支配されて行くことになります。
家族だったら、親に。学校だったら、先生に。会社だったら、上司に認められようと頑張るだけになります。
頑張るならいいじゃないかと思うかもしれません。
ただ、そうなると、周囲の人間への見方、人間関係への考え方がいびつになります。
競争原理に支配された学校では友達が敵になります。
家族だったら、兄弟が敵になります。
会社だったら、同僚が敵です。
こんな集団、ギスギスしていやですよね。
集団のライバルと競争する必要は一つもないし、競争してはいけないのです。
大事なのは、「過程に注目すること」、「協力しあう心」

では、何を大事にすればいいのでしょうか?
安易に100点をとったことを褒めてはいけないとなると何を褒めればいいのか。
悩む人がいるかもしれません。
私は2つ大事だと思っています。
- 努力の「結果」ではなく「過程」を褒めること
- 集団の仲間は、高めあう存在であるという認識
この2つを子どもたちが持てるかだと思っています。
努力の「結果」ではなく「過程」を褒めること
100点をとって褒めてダメなら、どんな言葉をかけてあげればいいのでしょうか?
それは、「100点を取れるまで良く勉強したね。努力をずっと見ていたよ」と伝えるのです。
人生を満足に生きるにはどうすればいいのでしょうか?
私は「自立」できることだと思います。
自立とは、自分で考え、自分で行動できる。そしてその責任を自分で負うことができることだと思います。
例えば、テスト前になっても勉強を全くしない生徒がいるとします。
もちろん、「勉強しよう」とあの手この手で家族や先生はその生徒に伝えることでしょう。
それでもやらなかったら、その責任は誰にあるのでしょうか?
結局、ツケを払うのは、勉強しなかったその子自身なのです。
ただ、「何か行動をしなければ、自分の見える世界は変わらない(今回だったら、勉強しなければ成績は上がらない)」ことに気づかなければ、意味がありません。
さらに、「行動したとしても、結果が変わらなかった」ら、その生徒は今度こそ努力をすることをやめてしまうかもしれません。(勉強しても、点数が上がらなかったという場合が今回のケースがあります)
こういう失敗経験を積んでいくと学習性無力感(頑張ってもダメ)ということが、子どもに刷り込まれてしまいます。
努力の「過程」を認める
だからこそ、努力の「過程」を認めるのです。
褒めるのではなく、認めるのです。
たとえ、目標に届かなかったとしても、以前よりも伸びたところを伝え、「努力すれば変わる」ことに気づかせてやる必要があります。
私が生徒によく言うのは「やれば伸びる」です。
「やればできる」のは、一部の人間です。
「テスト勉強をやれば100点」取れるのは1部の人間です。
「テスト勉強をやれば1位」になる人もそもそも、1位になれるのは1人だけです。
できなかったら、意味なかったものになるのです。
だからこそ「やれば伸びる」が大事です。
「テスト勉強をやれば10点、点数アップした」
「ランニングをやれば、足が速くなった」
こうやって、自分の成長を認識し、自分の手で人生を変えることができるように気づかせることができれば「自立」することができます。
きっと、その子は未来の扉を自分で開けることができるようになるでしょう。
努力の「過程」を褒め、その子の生きる力を育むのです。
こちらに、「やれば伸びる」ことについて詳しく書いています。
集団の仲間は「高めあう存在」である
よくテストの結果が返ってくると、テストの点数を見せ合って、
「お前こんな点数なのかよ。俺、これ。」
と、貶し合うか、傷を舐め合うような発言が聞かれます。
でも、大事なのは、点数が返ってきたらどうするかですよね。
貶めあっても、傷を舐めあっても点数が上がることはありません。
理想的なのは、ドラゴンボールで言う「悟空とベジータ」
ナルトだったら、「うずまきナルトと、うちはサスケ」
SLUMDUNKなら「桜木花道と流川楓」
この関係性を気づくことです。
お互いを意識しつつも、高めあう。
困っていたら手を差しのべる。
この関係が大事なのです。
この集団を作るにはどうすればいいか。
学校でクラスを担任する時に、いつも考えさせられるテーマです。
最後に

褒めてはいけないの裏にある意味がわかっていただけたでしょうか?
「褒めてはいけない」この言葉を言葉通りに受け取ってはいけません。
大切なのは、賞罰をやめ、競争の目をひとつずつ積んでいくこと。学級や集団から競争原理をなくしていくこと。
これが大切なのです。
最近「心理的安全性」という言葉も流行していますが、今回話したことをしていくことで、心理的安全性にもつながっていきます。
皆さんも一度、褒めること、見直してみませんか?
ぜひ、みなさんの意識していることをコメントで教えてください!

「幸せになる勇気」はとても勉強になりました。他の記事でも参考にしています。合わせてごらんください。
筆者の岸見一郎先生の本もいくつも読んでいます。面白いですよ!
参考文献
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